国境の南、太陽の西


国境の南、太陽の西 (講談社文庫)
国境の南、太陽の西 (講談社文庫)村上 春樹

講談社 1995-10-04
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「一人っ子は両親に甘やかされてる」という定説が蔓延る中、
ハジメは一人っ子として生まれ、同じ一人っ子の島本さんと惹かれ合う。

自分には何かが欠けていて、埋められるのはこの人しかいない
「何かが欠けている」というのがこの話では重要だ。


主人公の生まれた1951年の空気は重い。
「一人っ子」だと言われる度に主人公のハジメは「不完全さ」を突きつけられる。
実際にどういう感じなのか、どういう風に変わっていると見られてるのか具体的には書いてない。
もしかしたらハジメが意識しすぎなのかもしれない。
でも、本人にとっては切実だ。

僕は小学校のとき、「長子」だけがもらえるプリントが貰えるのが羨ましかった。
まあ、半分くらいしか貰える人はいなかったけど、あれを貰えないと一人前じゃない気がしていた。
僕には3つ上の兄がいて、兄に勝てるとこがなくて劣等感を感じていた。
変な話だけど「自分が劣っているからプリントが貰えない」と思っていた。

ハジメは最後までこの欠落を埋めることができない。
それはウィトゲンシュタインの言う「語りえぬもの」だからだ。
自分が感じているものを「欠落」と言う言葉で表現したせいで、
どこかに埋めるものが存在すると勘違いするのだ。
そのせいで最後は「欠落は僕自身だ」という風に自分を追い詰めてしまう。

「自分を変える」という言葉があるせいで、自分の人格が取替え可能な部品だと勘違いしてしまい、自己否定をする。
犯罪を犯しても「カッとなってやった」など、その犯行をしたときは別人格だったように言う。
「自分を探す」という言葉のせいで「自分の人格がどこかで絶対的に存在する」と勘違いする。

だが「欠落を埋める」のは、古来から物語が持っていた性質だ。
物語は、最初に主人公の欠落を提示し、埋める過程を示すものだった。
エニアグラムという性格分類のコアも欠落だ。
幼少期の欠落が性格を作る。
欠落を埋めないと他人との関係が上手くいかない。
でも欠落があるからこそ、他人に優しくできる。

僕の欠落は「自分のなさ」だと思う。
自己表現が苦手で、他人と雑談をするのも苦手。おかげで声も小さい。
感想文も大人になるまで全く書けなかった。
自分の感覚というのがよくわからなかった。
というか、自分の考えや思いが相手に受け入れられるというのが実感できなかった。

そういった「空虚」を埋めるためには、感情ではなく理論に頼るしかなかった。
僕は科学雑誌とか図鑑とかを熱心に見ていて、それについて語るようになった。
こういうのには感想はいらない。
ただ「何が書いてあったか」を説明するだけで、みんなが感心して聞いてくれる。
自分の感情を考える必要はなく、ずいぶん楽だった。

また、他の人も同じように、欠落を埋めるために必死なんだと思うようになった。
みんな何かしらの使命感によって動いている。
そう思うと、周りの人へと見方が違ってくる。
自分が「本を読んでないと不安」なように「話していないと不安」な人もいるのだ。

さて、自分と同じ欠落を抱えた人に会ったらどうなるのだろう?
正直、一度も会ったことはない。
でも、会ったらきっと、この小説みたいなことが起こるだろう。


ハジメは同じ一人っ子の島本さんに惹かれる。
「外見の奥に潜んでいる温かく、傷つきやすい何か」を感じ取る。
島本さんは小児麻痺のせいで左足を軽く引きずっていた。
そして「大丈夫よ、ちょっと我慢すればこれも終わるんだから」と僕に向けて語っているような微笑みを浮かべていた。

島本さんがスカートの格子柄を指でなぞっているシーンはエロい。
「その指先から透明な細い糸が出てきて、それが新しい時間を紡ぎだしているように見えた」
例えるなら、水着の位置を直すシーンで
「その指先はナイフのように、彼女を縛り付けているものを断ち切ろうとしているように見えた」

思春期になると、ハジメは島本さんを避ける。
そしてハジメは体を鍛え、ひ弱な一人っ子を卒業し、高校でイズミというガールフレンドを作った。
しかし、イズミとキスをした後「僕は一体彼女についての何を知っているというのだ」と不安になる。
「相手が島本さんなら、こんな不安はなかっただろう」と。

これは、相手の女の子は完璧なのに、自分だけが欠点を持ってる感じかな。
僕自身、よく話す女の子(クラスで一番モテる)が好きだけど、
その子と実際に付き合ったら「僕は一体彼女の何について知っているというのだ」と思うだろう。
相手の欠点に共感できないと、人間同士が理解し合うのは難しい。

ハジメはコンドームを入手するが、イズミにバレる。ここで村上節。
「彼女が<コンドーム>と言うと、それはなんだかひどい疫病をもたらす不道徳な黴菌(バイキン)のように聞こえた」
これもパロ作ろう。
「彼女がコンドームと言うと、まるでお姉さんが小さな弟に教える勇気のでるおまじないのように聞こえた」

他にも村上エロ節
「出来ることなら彼女の肉体の中に手を突っ込んで、その何かに触れたいと思った」
「彼女の乳房は、僕の手にとても親しげに収まった」
「その唇はもう一度改めて僕を求めていた」
「彼女の手はまるでそこに何かを伝えようとするかのように、スカートの下にある自分の性器を撫でていた」

結局イズミとは上手くいかない。
その後、一人っ子の女の子と激しい性交をし、足の悪い女の子とデートする。
「物静かで、引っ込みがちな感じの美しさだった。
 それは僕に、森の奥の方からなかなか出てこない小動物を思わせた」
この描写好き。
「○○な美しさ」でいくつか量産したい。

「それは流れ星のような美しさというより、隕石群の軌道と地球の軌道が長い年月をかけて偶然重なったことに対する美しさだった」
「それは彼女自身が隠しておきたい秘密を覆うための美しさのようだった」
「僕にいくつもの賛辞の言葉を浮かばせた上、その中から決定的なものをなかなか選ばせない美しさだった」

年月は人を変える
「この世界はディズニーの砂漠は生きているって映画と同じなんだよ。
 雨が降れば花が咲くし、雨が降らなければそれが枯れるんだ。
 虫はトカゲに食べられるし、トカゲは鳥に食べられる。
 でもいずれはみんな死んでいく。
 あとには砂漠だけが残るんだ。
 本当に生きているのは砂漠だけなんだ」

ハジメは婚約者の父のお金で、ジャズを流す上品なバーを経営する。
そして、婚約者の父に、バーの儲けを投資で増やしてもらい、裕福な生活をする。
「まるで誰かが用意してくれた場所で、誰かに用意してもらった生き方をしているみたいだ」と感じる。
自分の人生が自分以外の力で好転するのが不安なのだ。

そしてバーに島本さんがやってくる。
美しい文章を吟味するみたいにカクテルを飲む彼女。
ハジメは、噂でしか聞いたことのない極めて珍しい精密機械を前にした時のように彼女を見つめる。
彼女はハジメに会うのを躊躇っていた。
「自分のことについて喋りたくない」「がっかりしたくない」からだった。

ここで気になるのは、島本さんが「4年前に足を手術で治したのよ、少し遅すぎたかもしれないけど」と言ったこと。
これは「早く治しておけば思春期のときのハジメが離れて行かなかったのでは」と感じているのかな。
自分の足のせいで上手くいかないと思いつつ、治したら何も残らないとも思っている。

僕は、自分の欠点を治す医療ができても多分受けない。
それを受けると自分でなくなってしまう気がするから。
自分が今まで欠点を克服するためにしてきた努力が無駄になる気がするから。
でも、島本さんはそれを受けた。
おそらく金銭的な理由だと思うが、もし心理的なものなら、その変化は興味深い。

僕なら、自分の夢を叶えるためだとしたら治療を受ける。
島本さんもそうだったのではないか?
つまり、島本さんは足を治すことで、ハジメに会う資格を手に入れた。
でも、島本さんはまた数ヶ月姿を消してしまう。
そして今度は「綺麗で大きくなくて海に近い川を知らないか」と問い、連れて行ってもらう。

ここのハジメの台詞が良い。
「私は何も生み出してない」
「君はいろんなものを生み出しているような気がするな。
 例えば形にならないものを」
女の子を褒めるのが抜群に上手い。
相手の自己否定は、とりあえず否定する。

その後、好きなシーンが来る。
島本さんが病気で苦しみながら、かろうじて「くすり」と口にする。
しかし、周りには水はない。
そこでハジメは、雪を口に含んで溶かし、口移しで飲ませるのだ。
自分の中の「やってみたいことリスト」入り確定だ。
その後の「君だから親切にするんだ」も言ってみたい。

そして、島本さんはまた数ヶ月後にやってくる。
島本さんしか心を開く相手がいないと確信したハジメは、島本さんも箱根の別荘に連れて行く。
ここでようやく「国境の南、太陽の西」が登場。
国境の南とは、ただのメキシコのことだった。
国境の南には何があるのか想像していたのが拍子抜けする。

太陽の西
「地平線に沈む太陽を見ているうちに、なにかがぷつんと切れて死んでしまうの。
そして太陽の西に向けて飲まず食わずで歩き続けて、そのまま死んでしまうの」
ヒステリアシベリアナという病気らしい。
多分、ノスタルジーの一種かな?
これは惹かれ合う二人のことを言ってるのだろう。

「あなたは私を全部取るか、それとも私を取らないか、そのどちらかしかないの」
「あなたが『二度と私にどこかへ行ってほしくない』というのなら、あなたは私を全部とらなくてはいけないの。
 私が引きずっているものや、抱えているもの全部。
 そして私もあなたの全部を取ってしまうわよ」

島本さんから提示される2択。
これにOKするハジメ。
「一番の問題は、僕には何かがかけているということなんだ。
 それを埋められるのは君一人しかいないんだ」
お互い、かなり極端な思考。
ここらへんがついていけない。
それとも、人と人との心が深く結びついたら、こうなるのが自然なのだろうか?

そして島本さんは消える。
ハジメの思いは消えないし、欠落も埋められない。
しかし、ハジメは決意する。
「僕が誰かのために幻想を紡ぎだしていかなければならないのだろう」
「今の僕という存在に何らかの意味を見出そうとするなら、
 僕は力の及ぶ限りその作業を続けていかなくてはならないだろう」

これは内田樹さんが言ってた「欲しいものを手に入れるにはまず与えなければならない」ということだろう。
自分自身の欠落を埋めるには、相手の欠落を埋めるしかない。
「あなたは私にとってかけがえの無い存在です」と多くの人に思うことで、自分をかけがえの無いものにしていくのだ。

僕自身の欠落は、雑談で和むという感覚がよくわからないことだ。
他人と気持ちを共有するのが苦手で、その欠落を埋めてくれるものを探している。
でも、それを見つけるには、今までの自分を全部捨ててしまわなければならないのだろう。
もし欠落を埋めたいのなら、他人の欠落を埋めなくてはならないのだ。

欠落を埋めようとすることと、欠落に囚われることは違う。
欠落を埋めるには、欠落を受け入れなくてはならない。
そして、受け入れるためには他人の承認が必ず要る。
だから「まず与えなくてはならない」のだ。
まずは、他人の雑談下手を受け入れれば、自然と良くなっていくのではないかと思った。

さ、朝ごはんのカレーを食べようかな。
そしてデザートに岩波新書の目録を食べるんだ。
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