国境の南、太陽の西


国境の南、太陽の西 (講談社文庫)
国境の南、太陽の西 (講談社文庫)村上 春樹

講談社 1995-10-04
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「一人っ子は両親に甘やかされてる」という定説が蔓延る中、
ハジメは一人っ子として生まれ、同じ一人っ子の島本さんと惹かれ合う。

自分には何かが欠けていて、埋められるのはこの人しかいない
「何かが欠けている」というのがこの話では重要だ。


主人公の生まれた1951年の空気は重い。
「一人っ子」だと言われる度に主人公のハジメは「不完全さ」を突きつけられる。
実際にどういう感じなのか、どういう風に変わっていると見られてるのか具体的には書いてない。
もしかしたらハジメが意識しすぎなのかもしれない。
でも、本人にとっては切実だ。

僕は小学校のとき、「長子」だけがもらえるプリントが貰えるのが羨ましかった。
まあ、半分くらいしか貰える人はいなかったけど、あれを貰えないと一人前じゃない気がしていた。
僕には3つ上の兄がいて、兄に勝てるとこがなくて劣等感を感じていた。
変な話だけど「自分が劣っているからプリントが貰えない」と思っていた。

ハジメは最後までこの欠落を埋めることができない。
それはウィトゲンシュタインの言う「語りえぬもの」だからだ。
自分が感じているものを「欠落」と言う言葉で表現したせいで、
どこかに埋めるものが存在すると勘違いするのだ。
そのせいで最後は「欠落は僕自身だ」という風に自分を追い詰めてしまう。

「自分を変える」という言葉があるせいで、自分の人格が取替え可能な部品だと勘違いしてしまい、自己否定をする。
犯罪を犯しても「カッとなってやった」など、その犯行をしたときは別人格だったように言う。
「自分を探す」という言葉のせいで「自分の人格がどこかで絶対的に存在する」と勘違いする。

だが「欠落を埋める」のは、古来から物語が持っていた性質だ。
物語は、最初に主人公の欠落を提示し、埋める過程を示すものだった。
エニアグラムという性格分類のコアも欠落だ。
幼少期の欠落が性格を作る。
欠落を埋めないと他人との関係が上手くいかない。
でも欠落があるからこそ、他人に優しくできる。

僕の欠落は「自分のなさ」だと思う。
自己表現が苦手で、他人と雑談をするのも苦手。おかげで声も小さい。
感想文も大人になるまで全く書けなかった。
自分の感覚というのがよくわからなかった。
というか、自分の考えや思いが相手に受け入れられるというのが実感できなかった。

そういった「空虚」を埋めるためには、感情ではなく理論に頼るしかなかった。
僕は科学雑誌とか図鑑とかを熱心に見ていて、それについて語るようになった。
こういうのには感想はいらない。
ただ「何が書いてあったか」を説明するだけで、みんなが感心して聞いてくれる。
自分の感情を考える必要はなく、ずいぶん楽だった。

また、他の人も同じように、欠落を埋めるために必死なんだと思うようになった。
みんな何かしらの使命感によって動いている。
そう思うと、周りの人へと見方が違ってくる。
自分が「本を読んでないと不安」なように「話していないと不安」な人もいるのだ。

さて、自分と同じ欠落を抱えた人に会ったらどうなるのだろう?
正直、一度も会ったことはない。
でも、会ったらきっと、この小説みたいなことが起こるだろう。


ハジメは同じ一人っ子の島本さんに惹かれる。
「外見の奥に潜んでいる温かく、傷つきやすい何か」を感じ取る。
島本さんは小児麻痺のせいで左足を軽く引きずっていた。
そして「大丈夫よ、ちょっと我慢すればこれも終わるんだから」と僕に向けて語っているような微笑みを浮かべていた。

島本さんがスカートの格子柄を指でなぞっているシーンはエロい。
「その指先から透明な細い糸が出てきて、それが新しい時間を紡ぎだしているように見えた」
例えるなら、水着の位置を直すシーンで
「その指先はナイフのように、彼女を縛り付けているものを断ち切ろうとしているように見えた」

思春期になると、ハジメは島本さんを避ける。
そしてハジメは体を鍛え、ひ弱な一人っ子を卒業し、高校でイズミというガールフレンドを作った。
しかし、イズミとキスをした後「僕は一体彼女についての何を知っているというのだ」と不安になる。
「相手が島本さんなら、こんな不安はなかっただろう」と。

これは、相手の女の子は完璧なのに、自分だけが欠点を持ってる感じかな。
僕自身、よく話す女の子(クラスで一番モテる)が好きだけど、
その子と実際に付き合ったら「僕は一体彼女の何について知っているというのだ」と思うだろう。
相手の欠点に共感できないと、人間同士が理解し合うのは難しい。

ハジメはコンドームを入手するが、イズミにバレる。ここで村上節。
「彼女が<コンドーム>と言うと、それはなんだかひどい疫病をもたらす不道徳な黴菌(バイキン)のように聞こえた」
これもパロ作ろう。
「彼女がコンドームと言うと、まるでお姉さんが小さな弟に教える勇気のでるおまじないのように聞こえた」

他にも村上エロ節
「出来ることなら彼女の肉体の中に手を突っ込んで、その何かに触れたいと思った」
「彼女の乳房は、僕の手にとても親しげに収まった」
「その唇はもう一度改めて僕を求めていた」
「彼女の手はまるでそこに何かを伝えようとするかのように、スカートの下にある自分の性器を撫でていた」

結局イズミとは上手くいかない。
その後、一人っ子の女の子と激しい性交をし、足の悪い女の子とデートする。
「物静かで、引っ込みがちな感じの美しさだった。
 それは僕に、森の奥の方からなかなか出てこない小動物を思わせた」
この描写好き。
「○○な美しさ」でいくつか量産したい。

「それは流れ星のような美しさというより、隕石群の軌道と地球の軌道が長い年月をかけて偶然重なったことに対する美しさだった」
「それは彼女自身が隠しておきたい秘密を覆うための美しさのようだった」
「僕にいくつもの賛辞の言葉を浮かばせた上、その中から決定的なものをなかなか選ばせない美しさだった」

年月は人を変える
「この世界はディズニーの砂漠は生きているって映画と同じなんだよ。
 雨が降れば花が咲くし、雨が降らなければそれが枯れるんだ。
 虫はトカゲに食べられるし、トカゲは鳥に食べられる。
 でもいずれはみんな死んでいく。
 あとには砂漠だけが残るんだ。
 本当に生きているのは砂漠だけなんだ」

ハジメは婚約者の父のお金で、ジャズを流す上品なバーを経営する。
そして、婚約者の父に、バーの儲けを投資で増やしてもらい、裕福な生活をする。
「まるで誰かが用意してくれた場所で、誰かに用意してもらった生き方をしているみたいだ」と感じる。
自分の人生が自分以外の力で好転するのが不安なのだ。

そしてバーに島本さんがやってくる。
美しい文章を吟味するみたいにカクテルを飲む彼女。
ハジメは、噂でしか聞いたことのない極めて珍しい精密機械を前にした時のように彼女を見つめる。
彼女はハジメに会うのを躊躇っていた。
「自分のことについて喋りたくない」「がっかりしたくない」からだった。

ここで気になるのは、島本さんが「4年前に足を手術で治したのよ、少し遅すぎたかもしれないけど」と言ったこと。
これは「早く治しておけば思春期のときのハジメが離れて行かなかったのでは」と感じているのかな。
自分の足のせいで上手くいかないと思いつつ、治したら何も残らないとも思っている。

僕は、自分の欠点を治す医療ができても多分受けない。
それを受けると自分でなくなってしまう気がするから。
自分が今まで欠点を克服するためにしてきた努力が無駄になる気がするから。
でも、島本さんはそれを受けた。
おそらく金銭的な理由だと思うが、もし心理的なものなら、その変化は興味深い。

僕なら、自分の夢を叶えるためだとしたら治療を受ける。
島本さんもそうだったのではないか?
つまり、島本さんは足を治すことで、ハジメに会う資格を手に入れた。
でも、島本さんはまた数ヶ月姿を消してしまう。
そして今度は「綺麗で大きくなくて海に近い川を知らないか」と問い、連れて行ってもらう。

ここのハジメの台詞が良い。
「私は何も生み出してない」
「君はいろんなものを生み出しているような気がするな。
 例えば形にならないものを」
女の子を褒めるのが抜群に上手い。
相手の自己否定は、とりあえず否定する。

その後、好きなシーンが来る。
島本さんが病気で苦しみながら、かろうじて「くすり」と口にする。
しかし、周りには水はない。
そこでハジメは、雪を口に含んで溶かし、口移しで飲ませるのだ。
自分の中の「やってみたいことリスト」入り確定だ。
その後の「君だから親切にするんだ」も言ってみたい。

そして、島本さんはまた数ヶ月後にやってくる。
島本さんしか心を開く相手がいないと確信したハジメは、島本さんも箱根の別荘に連れて行く。
ここでようやく「国境の南、太陽の西」が登場。
国境の南とは、ただのメキシコのことだった。
国境の南には何があるのか想像していたのが拍子抜けする。

太陽の西
「地平線に沈む太陽を見ているうちに、なにかがぷつんと切れて死んでしまうの。
そして太陽の西に向けて飲まず食わずで歩き続けて、そのまま死んでしまうの」
ヒステリアシベリアナという病気らしい。
多分、ノスタルジーの一種かな?
これは惹かれ合う二人のことを言ってるのだろう。

「あなたは私を全部取るか、それとも私を取らないか、そのどちらかしかないの」
「あなたが『二度と私にどこかへ行ってほしくない』というのなら、あなたは私を全部とらなくてはいけないの。
 私が引きずっているものや、抱えているもの全部。
 そして私もあなたの全部を取ってしまうわよ」

島本さんから提示される2択。
これにOKするハジメ。
「一番の問題は、僕には何かがかけているということなんだ。
 それを埋められるのは君一人しかいないんだ」
お互い、かなり極端な思考。
ここらへんがついていけない。
それとも、人と人との心が深く結びついたら、こうなるのが自然なのだろうか?

そして島本さんは消える。
ハジメの思いは消えないし、欠落も埋められない。
しかし、ハジメは決意する。
「僕が誰かのために幻想を紡ぎだしていかなければならないのだろう」
「今の僕という存在に何らかの意味を見出そうとするなら、
 僕は力の及ぶ限りその作業を続けていかなくてはならないだろう」

これは内田樹さんが言ってた「欲しいものを手に入れるにはまず与えなければならない」ということだろう。
自分自身の欠落を埋めるには、相手の欠落を埋めるしかない。
「あなたは私にとってかけがえの無い存在です」と多くの人に思うことで、自分をかけがえの無いものにしていくのだ。

僕自身の欠落は、雑談で和むという感覚がよくわからないことだ。
他人と気持ちを共有するのが苦手で、その欠落を埋めてくれるものを探している。
でも、それを見つけるには、今までの自分を全部捨ててしまわなければならないのだろう。
もし欠落を埋めたいのなら、他人の欠落を埋めなくてはならないのだ。

欠落を埋めようとすることと、欠落に囚われることは違う。
欠落を埋めるには、欠落を受け入れなくてはならない。
そして、受け入れるためには他人の承認が必ず要る。
だから「まず与えなくてはならない」のだ。
まずは、他人の雑談下手を受け入れれば、自然と良くなっていくのではないかと思った。

さ、朝ごはんのカレーを食べようかな。
そしてデザートに岩波新書の目録を食べるんだ。
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東京物語 感想



集団的自衛権の議論でときどき見かける『秋刀魚の味』を製作した小津安二郎監督。
その最人気作『東京物語』。

小津安二郎は独自の映像世界・映像美を持っている。
これは「小津調」と呼ばれる。
特徴としては以下のものが挙げられる。

・ロー・ポジションでとる
・カメラを固定してショット内の構図を変えない
・人物を相似形に画面内に配置する
・人物がカメラに向かってしゃべる
・クローズ・アップを用いず、きまったサイズのみでとる
・常に標準レンズを用いる
・ワイプなどの映画の技法的なものを排する
・日本の伝統的な生活様式へのこだわり
・反復の多い独特のセリフまわし
・同じ俳優・女優のキャスティング


僕が気に入ったのは太字のとこ。
このおかげで、なんというか落ち着く。
時間の流れがすごくゆっくりになる。

この映画は家族愛モノと聞いていたが、いきなり家族の仲が険悪になる。
幸一と志げは、わざわざやってきた両親(周吉、とみ)を放ったらかして仕事をする。
子どもたちも自分の部屋を寝床に使われて迷惑そうにしてる。
だからこそ母(とみ)の「勇ちゃんがお医者さんになる頃、おばあちゃん、おるかのう……」がぐっとくるんだけど。

幸一に代わって両親を東京案内するのはなんと、弟の嫁(紀子)である。
ようやく、家族っぽい和やかな雰囲気になる。
こういう、ほぼ他人みたいな人との家族関係が大事なんだろうな。
親子だと近すぎてギスギスする。
そういえば、サザエさんでも波平が怒鳴ってもマスオさんが出てくると収まる。
寅さんもそうだ。

幸一は、両親を箱根の旅館に行かせる。
ここでの両親の会話がいい。

「そろそろ帰ろうか」
「お父さん。もう帰りたいんじゃないですか?」
「お前がじゃろう。お前が帰りたいんじゃろう?」

小津の特徴である反復セリフ。
以心伝心な感じが伝わってくる名シーンだ。
他にもこういったシーンがある。

「お前はどう思う?」
「お父さんはどうです?」
「やっぱり子供のほうがええのう……」
「そうですなあ」

は、同調の仕方が上手い。

「ええ方じゃわい」
「ええ方ですとも」

お互いわかり合ってる相槌は気持ちいい。

そして、母(とみ)の死。
親族が葬儀に駆けつけるも、すぐに帰ってしまう。
その薄情さを嘆く。

「子供って大きくなると、だんだん親から離れていくものじゃないかしら。
 お姉様くらいになると、お姉様だけの生活があるのよ。
 誰だってみんな、自分の生活が一番大事になってくるのよ」
「私そんな風になりたくない。
 それじゃ親子なんて随分つまらない」
「そうねぇ。でも、皆そうなるんじゃないかしら」
「じゃ、お姉さんも?」
「ええ。なりたかないけど、やっぱりそうなっていくわよ」
「いやねぇ、世の中って」
「そう。嫌なことばっかり」


悲しい事実だが、視聴者は意外にもすんなりと受け入れられる
これが小津調の力。
カメラワークもさることながら、反復と同調が上手い。
まるで河合隼雄先生を見ているかのよう。

「私、狡いんです。
 いつもいつも昌二さん(亡くなった夫)のことばかり考えてるわけじゃないんです。
 この頃思い出さない日さえあって……忘れてる日が多いんです。
 私、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。
 このまま一人でいたら、一体どうなるんだろうって、夜中にふと考えたりすることがあるんです。
 一日一日、何事もなく過ぎていくのが、とっても寂しいんです。
 どこか心の隅で、何かを待ってるんです。
 狡いんです」
「ええんじゃよ。やっぱりあんたはええ人じゃ。正直で」



家族との距離感ってのは難しい。
有事の時だけ近づいて、他の時は放っとくことが多い。
でもそれは寂しいことだ。
結局それは、大事にしてないということだからだ。

僕は、用がない時は家族とあまり喋らない。
以心伝心で何かが伝わった経験もない。
でも、それではいけないと思う。
僕は話をするとき、無意識に衝突を避けようとするが、きちんと正面から行くこともするべきだ。
そうしないと、本当の繋がりは得られない。

他にも、細かい点ですが、面白かったとこ

昔の観光バス、バスが動く度にみんな揺れる。ノリノリな観客みたいになってて面白い。
戦後の家はドアあけると「ジリリリリ」って音がするんだな
先生が童貞を殺す服着てる。
「墓に布団はきせられぬ」という言い回し。

「子供が思い通りに育たない」と不満を言ってるのに対し
「これは親の欲じゃ。欲張ったらキリがない」。
愛ではなく欲である、と。



ちなみに、僕がこの映画を見たのは、小津安二郎青春館に行ったからだ。
小津監督の青春時代の記録、面白かった。
小学校の勉強の記録見て、作文が名作小説並みの雰囲気出してて驚いた。
書き出しの
「よみやの日は空に天の川の光。金星、木星等きらめいていた」
が異彩を放っている。
神輿の掛け声を聞いて
「素戔嗚尊の御気の荒い事を感じた」
なんて見事な感受性だ。

寝坊を「眠棒」と書いて筆を入れられてるのも面白い。
確かに、棒みたいに眠ってるもんね。
神楽の声、赤ちょうちん、涼風の音づれを聞いて「良い夜だ」なんて思うのも、僕の子供の頃の感性とは対極だと思った。
「良い夜だ」は今では老人っぽい台詞だ。
当時の子供も、今の老人と同じ心持ちだったのかな?


もし自分が作家デビューしたら、自分のこれまでの人生を読者に提示することになるかもしれない。
ノーベル文学賞とって記念館できたら絶対にそうなる。
その時、今の自分の幼少期を出したらどう思われるのだろう。
ひきこもってゲームばっかの人生見て「だから想像力が豊かなのか」と思われるのか?

僕の過去の成績表を出して、国語と図工の低評価を見られたら「日本の教育は想像力を評価していない」とか言われるのだろうか?
タイトルと名前と先生のコメント「どうしたの?」しか書いてない感想文を展示してもそう思われるのかな。
もしそうなら、作家になりやすい人生なんてないのかもしれない。

どう評価されるかなんて、見せてみないと意外とわからないものだ。
たとえ予想通りだとしても、よく観察すると自分の予想とは違うことだってある。
そこから次の行動が生まれることもある。
やらない内から悩んだり、過去を振り返ったりしてもあまり意味はない。
できることからやろう。

そんなことを思った。

孤独のグルメ1話 「江東区門前仲町の焼き鳥と焼き飯」

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「孤独のグルメSeason1 第1話」の小説アレンジです。

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 何年ぶりだ? 学生の時に深川祭で来て以来だな。

 江東区門前仲町。裏路地には俺好みの昔ながらの飲み屋街が多い町だ。
 こういう、昔ながらの風景っていいよな。門前仲町にはそういうのがまだ残っている。
 そんな店を端目にしつつ10分ほど歩くと、依頼主と待ち合わせしてる店に辿り着いた。
店の名前は……「美味しいコーヒーと手作りごはん」??

 ……。

 イメージが嫌なぶつかり方だ。コーヒーじゃ、ご飯が進まないじゃないか。
 ご飯は俺にとっては重要な食べ物だ。美味しいおかずを、ご飯と一緒に食べるのが俺の幸せだ。
 だが、まだご飯には早い。とりあえずコーヒーでも飲んで待とうか。

 店の中は、いかにも最近といった感じの、上品な作りだった。ベージュがかった白壁と木のテーブルに、黄色電球の明かりが降り注いでいる。

 俺の職業は輸入雑貨の貿易商。
 海外の雑貨店で仕入れた雑貨を、日本の人たちに販売する仕事だ。大抵の場合、店のインテリア、食器、テーブルなんかだ。時々個人的に欲しがる人もいる。
 今回はうまく売れるだろうか。個人商売というのは、一件一件が本当に勝負だ。一つ伸ばせばその分自分の給料が減ってしまう。
 だが……そのかわり、好きなときに、好きな場所で、誰にも邪魔されず、気を使わずに飯を食べられる。俺はそういう生活が好きで、この仕事を続けている。
 さて、やりやすい客だといいのだが……


 ◆◇◆◇

「竹山さんに紹介されてお宅のホームページ拝見して、すっごく趣味がよろしくていらして。ティーカップを揃えようと思ったんですけどなかなか気にいったものが見つからなくてそんな時だったからもう、うれしくてつい甘えちゃって」

 これはまずい。一番やりにくいタイプだ。よく喋るおばちゃん。

「普通はネット注文なんでしょうけど、わざわざ持ってきて下さって」
「いえ、ちょうど近くを」
「それにしてもほんっとにいい――」

 人の話を聞かずに、一方的に捲し立てるタイプ。
 ちなみに次にやりにくいのは、欲しい商品のイメージが漠然としすぎているタイプだ。

「いろいろと苦労もおありなんでしょう?」

 今の状態がまさにそうだ。話を聞いてこれだけ疲れたのは初めてだ。
 まあ、売れたからいいけど。

 次に、寄る予定だったアンティークショップへ行く。アーリーアメリカンテイスト。西部開拓時代の味が残る店だ。
 俺も店を一件ぐらい開いてみてもいいと思って参考に見に来てみた。だが、見ているうちに、なんだか違う気がしてきた。
 それに、俺には店の主は似合わない。結婚同様、店なんて下手なものを持つと、守るものが多すぎて人生が重たくなる。男は基本、体一つでいたい。

それにしてもなんだか……
腹が……
減った……

――よし店を探そう。

 永代通りを渡った反対側に、隅田川の主流があるはずだ。俺の経験によれば、昔ながらの店を探したければ、川の側を攻めろ、だ。そう思うと早足になってしまう。
 隅田川に近づくと、狭い路地に、看板と電線が所狭しと並んでいる。飲み屋小路だ。やっぱり、こっちであたり。さて、何を食おうか。
 綺麗な木の目が通った引き戸、ほどよく崩した看板の文字の店がずらり、だ。どこもかしこも美味そうに思える。でも、ここで焦りは禁物だ。昼は鯖だったから、とりあえず魚系は外して……

 俺の腹は今、何腹なんだ?

 すると、ある店の暖簾と赤提灯が目に飛び込んできた。やきとり……そうだ、やきとりだ! しばらく食べてない。それに、ご飯ものも、きっとあるだろう。
 期待を膨らませて暖簾をくぐると、店の中の暖かな雰囲気に包まれる。なんというか、自分家って感じがする。ごちゃごちゃした感じとか、くすんだ机とか壁とか。うん、やはりこの店で正解だ。

「飲み物はなにになさいますか?」

 烏龍茶で、と答えると、なぜか店主は店の外へ行ってしまった。家の外に冷蔵庫があるのだろうか?
 しばらくすると、店主が戻ってきた。

「うちの店、外にも冷蔵庫があるんですよ。となりの酒屋さんですけど」

 なるほど。そういうのも昔ながらの感じがしていいな。
 さて、食うぞ。まずは焼き鳥でいってみよう。

「焼き鳥は何があるんですか?」
「ねぎま(胸,もも)、軟骨、かわ、砂肝(食べ物をすりつぶす)、手羽先、レバー、つくね(肉団子)……の7種類。全部塩です」
「じゃ、全部ください」


焼き鳥


 小気味良い焼ける音がした後、焼き鳥が運ばれてきた。焼き鳥を食べるのも久しぶりだな。うん、うまい。塩味がほどよく効いてる。これでご飯が食べたくなるな。なんで焼き鳥定食がないんだろう。
 うまい。ほんとうに旨い。焼き鳥って、こんなにうまいものだっけ。なんだろうこの旨さは。なんだか、笑えてくるな。

……おいおい、あっという間に6本食べてしまったぞ。
……名残惜しいが、最後のつくねも食べる。うん、やはりうまい。

 次に頼んだのはホッケスティック。スッキリとしていてなんともスタイルが良い。和風なのか洋風なのかわからんがうまい。
 そして信玄袋。巾着状の油揚げに、オクラとホタテがはいっている。これが福袋なら大当たりだ。これだよこれ、今日はついてるな。

 ここで隣の客が「つくねとピーマン」を注文。ピーマンの中につくねを詰めて食べている。実にうまそうな顔をしている。
 ……。

「すいません。つくね2本とピーマン下さい」

 そんな美味しそうに食べられたら、行くしかない。
 早速出てくる。口の中がどうなるのか、早く試してみたい。はやる気持ちのまま、ピーマンとつくねを口に入れる。
 ……苦いっ! けど、新しい。
 ……苦い、でもうまい。
 苦旨い。

 さあて、そろそろご飯が欲しいな。やはりご飯がないとしまらない。

「すいませんご飯下さい」
「はい、焼き飯ですね」
「……焼き飯? じゃ、それ下さい」

 チャーハンじゃなくて焼き飯か。どんなんだろう?
 すると、しらすと梅肉が入った焼き飯が現れる。パラっとかかったシソの葉がいい。
 焼き飯に梅干しかぁ……。発想がなかった。これいい、これいいぞ。一気に箸が進む。気づけば、焼き飯の器は空だった。

 今日もいいものを食べれた。幸せだ。
 でも……今度はたれで白い飯食いたいなぁ。そんなことを思いつつ、俺は今日食べた焼き鳥の味を思い出していた。

虚白ノ夢 感想(ネタバレ控えめ)

フリーゲーム、虚白ノ夢プレイしました。
プレー時間は3時間くらい。気にいった文章をメモったり、自分の人生について考えたりした分(?)長め。

ダウンロードはこちら

虚白の夢


碓氷深白は17回目の誕生日を迎えることなく身投げし、目が覚めると『鏡の世界』にいた。

『この世界に点在する、あなたの姿が映る鏡は、あなたの記憶を写す鏡。
 記憶を取り戻すこと、それは同時にあなたの望みを叶えること』

私の人生が初めから存在しなかったことにする」ために、彼女は自分の姿が映る鏡を見つけ、割っていくが……?


謎解きをしながら進めていくホラーゲームです。
ホラー要素が中々手が込んでて、かなり怖かったです。
急に襲ってくる敵とか、抜ける足場とか、飛び立つコウモリとかが怖かった。
特に怖いのはED5のいじめっ子達をメッタ刺しにするとこですね。
悲鳴を聞きながらZボタン押しまくり。手が震えました。

謎解き要素も、バリエーションに富んでて面白い。
破顔の晩餐会は特に良かった。無理して笑い続けるパーティー……怖すぎる。

このゲームの好きなとこは、鏡を見るうちに深白が死んだ理由や深白の生い立ちが徐々に明らかになるところです。
こんな救いようのない記憶ばかりが戻ってきて、どうやって幸せになったらいいのか。
なんとなく、自分の人生を重ねあわせて見てしまい『どうか幸せになって欲しい』と願いながらのプレイでした。
他にも2人、『鏡の世界』に迷い込んだ人がいるのですが、この2人とシナリオの絡み具合も最高でした。
この2人の協力でEDが変わっていくのも好きです。

シナリオが気になって進めたゲームなんて「FF6」以来ですね。
あれはほんとに世界が終わるんじゃないかと思い、眠れなかったのを覚えてます。

他に好きなのは、自殺シーンとか流血シーンの描写ですね。
大抵のゲームだと、こういうシーンが繰り返し出ると淡々としがちですが、このゲームはリアルに感じました。
多分、文章が巧みなおかげでしょう。
生々しい感覚が、スクリーン越しでも伝わってきます。

ホラー良し、謎解き良し、シナリオ良しの作品。
是非プレイして欲しいです。

少年Aの出版について

NHK「自分の存在を確立したい」「自分のことをわかって欲しい」という理由で本を書く。

2日のクローズアップ現代、少年Aの出版の是非についての特集を見る。
出版は当然ダメだとして「犯罪者が自伝を書く、多数の人が読む」のがどうして重要なのか考えてみる。
あと、ゴーストライターが書いてる可能性も無視している。

自伝を書くとは「自分の人生を、他者に受け入れられる形に作り直すこと」である。
作り直すというのは、もちろん改ざんも含まれる。

僕は日記をつけているが、日記ではちょくちょく嘘を書く。
大したことをやってなくても、やっぱり書く以上は何かあったことにしないといけないからだ。
そう思って必死に思い出すと、自分が意外と面白いことをやっていたことに気づく。
たとえそれが嘘だったとしても、ほんとうにあったことのように思えてしまう。

例えば、ラーメンが自分の好みでなかった場合「店に入った時からそういう予感はあった」と嘘を書く。
不思議なもので、こう書くと「店員の態度の悪さ」とかが鮮明に思い出される。
(食べたときはそんなこと思ってないのに)

こういった改ざんは無意識に行われる。
そして、改ざんによって、自分一人でやった行為だとしても「社会と繋がっている」という感覚が得られる。

なので、自伝を書くのは更生としては有効だと思う。
だが、事実が書いてあると考えるのは危険である。
書いてあるのは少年Aにとっての真実のみだ。

 ◆◇◆◇

「社会が、犯罪者の自伝を読むことによって得られる効能」。

ヒトラーの『わが闘争』を漫画版で読んだことがある。

ヒトラーは
『ユダヤ人は多大な資本を使い、労働者であるドイツ人を支配している』
『ドイツを元に戻すには、ユダヤ人の殲滅が必要だ』
と主張した。

僕は、ヒトラーの考えはそんなに変ではない、と感じた。
ユダヤ人を『自民党』『マスコミ』とかに置き換えたら、今の日本と変わらない気がする。

なので、この少年Aの本を読むことによって、少年Aの行為が変ではないと感じる人が増えるのではないか。
少年A本の読者10万人に「この事件の原因は『少年A、(少年Aの)親、社会』のどれですか」というアンケートとったらどうなるんだろう。
個人的には「20、40、40」くらいになると思ってる。
犯罪者の出版は「犯罪者が100%悪い」という社会的同意がないと問題だ。

もちろん「不幸に陥っているときは、自分の判断力を過信しないほうがいい」みたいな教訓もつくれる。
だが、そういうのは羅生門でも読めばいい。

少年Aの本が読まれる必要はない。

Anitubeの動画を簡単にダウンロード

Anitubeのダウンロード方法を調べると、無料のダウンロードソフトをインストールするよう勧められる。
しかし、ダウンロードソフトはインストールや設定が面倒くさい。
それに、欲しい動画があれば、別ソフトを起動せずにブラウザでやりたい。

と、そこで以下の記事を思い出す。

ニコニコ動画の動画をChromeで簡単にダウンロードする方法

このやり方でAnitubeも取れました。
唯一違うのは、動画ファイルを探すとこ。

『Time』を昇順(▲)にすると一番下に表示されます。
ファイルのタイプがvideoになってるのが、お目当てのブツです。

読書メーターまとめ

2015年6月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:1443ページ
ナイス数:90ナイス

桜坂は入社3ヶ月でPMなのに、俺は3ヶ月でクビになったよ!
うちの職場にもカモメさん欲しいな。


なれる!SE 4 誰でもできる?プロジェクト管理 (電撃文庫 な)なれる!SE 4 誰でもできる?プロジェクト管理 (電撃文庫 な)感想
他企業の社員が投げ出したプロジェクト管理を、桜坂(入社3ヶ月目)がまさかの引き受け。最初はメンバーの要求を「わがままだ」と突っぱねてたが(事実、わがままだ)、実は彼らを正しく管理する手法は存在していた。この手法は、桜坂が根気よく、正直に相手と接していたからこそ教わることができた。やはり人望は大事だ。管理の品質とメンバーの手間がトレードオフであること、メンバーを「サーバー」「ツール」「クライアント」に分類して対処することなど、勉強になった。ただ、新ヒロイン薬院さんが(他の人物と比べると)普通なのは少し不満。
読了日:6月27日 著者:夏海公司
なれる!SE (3) 失敗しない?提案活動 (電撃文庫)なれる!SE (3) 失敗しない?提案活動 (電撃文庫)感想
今回はRFP説明会を受けてのシステム提案。大企業相手のアツい提案競争が見もの。システム提案書作りの流れ、コツなどがわかりやすく書かれていて勉強になった。会社の闇部分はすごく怖かった。受注先の企業に訪問を何度突っぱねられても熱心に訪問し、話し合いの場を作った桜坂はホントすごいと思う。プレゼンのストーリー作りも完璧で、明らかに新卒の能力じゃないw プライドが高くて梢から教われない室見に「僕らは教えを乞うんじゃない。情報を出させるんです」って説得したのもうまい。この考え方は仕事する上でお世話になりそう。
読了日:6月26日 著者:夏海公司
かわいいあなた (IDコミックス 百合姫コミックス)かわいいあなた (IDコミックス 百合姫コミックス)感想
ふとしたきっかけから徐々に好きになっていく王道の百合展開。読むとキュンキュンというか、ふわふわする。お気に入りは「Maple Love」。女の子好きで押せ押せの宮路と一緒にいるうちに、徐々に宮路を好きになっていく楓。(こんなにかわいくて、きっとわたしよりずっといい子がいるのに、なんで私のこと好きになったの?)のとこが好き。「○○○なのにどうして◇◇なの?」とか「◇◇しないで」系の台詞の破壊力といったら……。風邪の看病でキスしたときの「(伝染っても)いいよ。宮路が看病してくれるなら」が特に良いですね。
読了日:6月25日 著者:乙ひより
生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)感想
自分の物語を作るとは、『困難な現実を、自分の心に合うように組み立てなおして受け入れる』こと。物語とは『事実を否定するための絵空事ではなく、「いのち」や「たましい」を手触りのあるものとして刻みつける』もの。小説を読んだり書いたりすることの意味を改めて感じた。どんな困難にぶつかっても『よほどのことでも、どこかの物語の中に必ずある』から、小説を読むことで救われる。また、書き手は『誰かの心を支えるために必要な物語が存在することを証明するため』に小説を書く。
読了日:6月17日 著者:小川洋子,河合隼雄
ひとりでは生きられないのも芸のうち (文春文庫)ひとりでは生きられないのも芸のうち (文春文庫)感想
「ひとりでは生きられないからこそ、コミュニケーション能力を涵養できる」をテーマに、結婚・家族・仕事についての忘れられた常識を語る。共同体は人間関係を強制するかわりに、セーフティネットの役割を果たしていた。今は経済成長とともにセーフティネットの重要性はなくなり、自己決定と自己責任で孤立する人が増えている。しかし「私達は自分が欲するものを他人にまず贈ることによってしか手に入れることができない」「自立は『その人なしでは生きてゆけない人』の数を増やすことによって達成される」。逆説的な言葉に案を叩いて得心する。
読了日:6月15日 著者:内田樹
心理療法個人授業 (新潮文庫)心理療法個人授業 (新潮文庫)感想
心理学の学派と臨床心理士の現場についての本。「心理学は人間の行動を扱っていて、心は問題にしない」「理由はわからなくても、治れば良い」には驚いた。臨床心理士の仕事は「自分の経験したことを自分のものにするために、その経験を自分の世界観や人生観のなかにうまく組み込む(物語にする)」のを手伝うこと。それは、地獄の釜の蓋を開けるようなギリギリの行為。人の心を理解するというのはとても難しいということがよくわかった。心に残ったのは「ノイローゼは文明病。物が豊かになった分だけ、心も努力しないといけない」
読了日:6月8日 著者:河合隼雄,南伸坊

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